依存

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    30年近く前、

    しばらくの間親しくしていた人は、

    今で言う「ゲーム依存症」でした。

     

    その人はパチンコも大好きでしたが、

    ギャンブルは軍資金が底をつけば

    手も足も出ません。

     

    ところがゲームの場合は、

    (当時はファミコンとかスーパーファミコン)

    ゲーム環境が整っていてその気になれば

    ほぼエンドレスでプレイし続けられるのですね。

     

    周囲からその人は

    「ゲームに熱くなる少年のような人」

    的な扱いを受けていたものの、

    ギャンブルやアルコールと違って

    問題視されていなかった記憶があります。

     

    とは言え、社会生活が破綻しなかっただけで

    その人のプライベートは壊れていました。

    スマホやwifi環境が当たり前の現在なら、

    深刻な問題になっていたと思います。

     

    その人はどうしているのだろう?

     

    どこかの時点でゲームを卒業したのか

    未だにゲームの世界に住んでいるのか。

     

    久しぶりに、その人を取り巻く空気と

    そのとき感じた無力感と虚無な感じを

    思い出しました。

     

    依存症の定義は、

     

    特定の何かに心を奪われ自分の意思では

    やめられなくなるコントロール障害

     

    だそうです。

     

    厚労省のサイトを貼り付けておきます。こちら

     

     

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    違和感

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      このところ、水道水の味が気になっています。

       

      きっかけは

      いつもと同じようにいれたお茶から

      プールの味と匂いがしたことですが、

       

      今までなら

      「そんなこともあるさ」とか

      「水道水は塩素で消毒するんだよね」とか

      さほど気にとめなかったはずですが

       

      マイケル・ムーアの「華氏119」が脳裏に浮かんだり

      水道局のサイトを見ても良いことばかり書いてあるし

      人間の身体の半分以上は水でできている訳だし、

       

      どうにも不安になり

      今使っている、キッチン蛇口直結の浄水器の他に

      ポット型の浄水器を使うことにしました。

      2回フィルターを通した水は、

      「水らしい」味がしてホッとしています。

       

      塩素を加えて調整する必要がある水って、

      「生きている水」ではないような気がします。

      そんな水道水から作られる私たちの身体に、

      影響はないんだろうか?

      考えるとモヤモヤしちゃいます。

       

      かといって東京で暮らす私には、

      水道水を全く使わないことは難しいです。

       

      ということは、

      体内に入った異物や有害なものを

      きちんと排出(解毒)できる身体を

      作っておかないとなあ・・・

       

      そんなことを考えています。

       

      そういえば、

      山形のアラエビスから届く伏流水は

      味がまろやかで水の粒が小さいのです。

       

      JUGEMテーマ:コラム


      リハビリ

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        3月4日の記事 介護 の続きです。

         

        生きている者は誰でも、

        生まれた瞬間から年を取っていきます。

        「老化」を不治の病と考えるなら

        治しようも逃れようもないけれど、

         

        「今この瞬間」を精いっぱい生きる

         

        ことが大切だよねえと思っています。

         

        老化は止められませんが、

        日常の暮らし方を工夫したり

        心が柔軟でオープンでいられれば

         

        極端な不自由や苦痛を感じずに、

        緩やかに穏やかに年を取ることが

        できるのだと思います。

         

        持って生まれた個性や体質、

        暮らし方も人それぞれだから

         

        「40歳の標準的な健康の在り方」

        みたいなものは無意味なんですよね。

         

        ・・・そんなことを思えるのは

        私が年を取りつつあるからです。

         

        3年近く前から我が家では、

        生活の場面全てを「リハビリ」として

        意識するようになりました。

         

        きっかけの一つは私の骨折ですが、

        何だか次々とできごとが押し寄せてきて

        気づいたら家族全員が体調不良に

        なっていたのです。

         

        中でも、ある日突然という感じで

        バイロンの脚が衰えてしまったことが

        大変こたえました。

         

        バイロンのために始めたリハビリ生活ですが、

         

        「老化防止、いつまでも若々しく過ごす」

         

        ためにできることは人間も全く同じだ!と

        気づいたのです。

         

        じゃあ、具体的にどうしたら?

        まず「してはいけないこと」を考えてみます。

         

        「体力の衰え」「不自由さ」を責める。

        「失った機能」を惜しむ。

        「老い」そのものを恥じる、疎む。

        誰が考えても、これはダメでしょう。

        ということは、この反対をすれば良いのでは?

        なんて思いつきます。

        続きます。

         

        ◎◎◎ Atelier Hedgehog ◎◎◎

         

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        Stay Home 一ヶ月半

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          コロナウィルスの世界的な流行によって

          社会全体がストップしていましたが、

          少しずつ全てが動き出そうとしています。

           

          感染症を封じ込めるには、

          とにかく動かないこと。

          宿主の人間が動かなければ、

          ウィルスの版図は広がらない。

           

          ではあるけれど、

          それを厳格に続けると皆が疲れ切って

          社会の仕組みも人間も壊れてしまうので、

          おずおずと様子を見ながら再起動・・・

          というところだと思います。

           

          一ヶ月間Stay Homeで頑張ったぞ!

          という根拠のない達成感(?)に

          巻き込まれないようにしないとね。

           

          特効薬や治療薬が見つかった

          疾患の数は多いけれど、

          薬物療法が「全く」無効な疾患って

          実はけっこうあるそうなのですね。

           

          もしも特効薬ができたとしても、

          防疫の基本は変わりません。

          「やっつける」ではなく

          感染しないように気をつけて暮らす、

          という辺りに落ち着くのだろう

          と思っています。

           

          さて、私のStay Home の日々は、

          時間の過ぎ方がちょっと不思議です。

           

          でもそれは、皆さんも同じでしょうか。

           

          先行きの見えない不透明な雲が

          重苦しく頭上にのしかかっている・・・

          何だか夢の中にいるようでもあり、

          毎日を生きるのが精いっぱい。

           

          そんな感じはしませんか?

           

          「いつか片付けなくちゃ」

          そう思っていたあれこれを整理しつつ、

          心も過去へ戻って

          ようやく古い抜け殻を手放せたり

          ああそうだったのか!と腑に落ちたり。

           

          さて、カードを一枚引いてみました。

           

          Osho禅タロット 虹の8

          Ordinariness  普通であること

          ※※画像はOshoJapanから

          お借りしました※※

           

          いつものように早起きして、

          果樹園への道のりを歩んでいる。

          風からは夏の香りが漂い、

          太陽はことのほか上機嫌だ。

           

          子供の頃は何とかして逃れたかった

          いかにも「田舎」の生活。

          跳ね返りの例に漏れず

          私も都会のきらびやかさを求めて

          ここを逃げ出したものだが、

           

          疲れ切って故郷へ帰ってきた私を

          いつの間にか癒やしてくれたのは、

          見慣れた山や渓流や太陽だったのだ。

           

          山奥の賢者なら、

          「お前は内なる自然に出会ったのだ」

          などと言うだろうか。

           

          私の人生、私の道はここにある。

           

          ---------------------------

          今思えば、気恥ずかしいことですが

          私は「とにかく素晴らしい誰か」に

          なりたいと願っていました。

           

          飾りを身に付けたり

          他の誰かの振りをすることはできても、

          自分以外の何者にもなれない

           

          そう気づいたのは、

          ずいぶん大人になってからです。

           

          Stay Homeな日々は、

          私自身の来し方と残りの人生の過ごし方

          そんなことをじっくり考える日々

          でもありました。

           

          ちょっと変わりつつあるかなあ・・

          という感じです。

           

          ◎◎◎ Atelier Hedgehog ◎◎◎

           

           

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